藍色日記

LGBT当事者のとわ子の呟きです。精神病患者でもあります。気分変調症と診断されていますが本当のところはどうなんだろう。

IF

ポツポツと解離性障害について調べています。

専門の記事を読むよりも、個人のブログの方が理解しやすいのでいくつかブログを拝見しました。

当事者の方が書いているものや、ご家族が書いているものなど様々ですが

皆さんつらい経験をしたという共通点があります。

虐待やいじめを受けた、と言う様な。

 

私自身を振り返ってみても、家族から虐待を受けた覚えは無いし、

いじめもその様なものを受けていた記憶はあっても大したことでは無い様に思うのです。

原因があるから発病するのだとするのなら、私はやっぱり違うんではないか、と思うのです。

そんな事を思いながらブログ巡りをしていて見つけたのが『イマジナリーフレンド』です。

略してIFと書くそうです。

私が昨日書いた由良の事がこれに当てはまるのではないかな、と思います。

で、実を言えば彼女よりはっきりしない存在の男性も私の中に居ます。

これは、医者にも話していない事ですが。

この二人は私の中に居て、調子が良いと近くに。悪いと遠くに。時には消えてしまうようなことも有るのですが。でも確実に存在するのです。

由良の話を母にしたら妄想ね。と一言で片づけられてしまったのでそれ以降話題にはしていませんが。

私は私。彼女は彼女。彼は彼。

皆、独立した意思を持っています。

でも私の意識を乗っ取ってどうにかする、とかそう言う事はありません。

私の体は私のモノです。

と、思っています。

記憶が無くなるようなことも今まで無かったですし。

ただ、家族の闇を幼かった私が気付かなかったという事は無いと思います。

私の人格形成や精神的な問題がココから来ているのではないか、と思う事もあります。

思った事が口に出来ずため込んで、爆発しないために自傷する。

外のストレスを家で吐き出すことが出来なかったというのも悪かったのでしょう。

 

私の両親は仲が良くなかったのです。

喧嘩を子供の前でする、と言う様な事はありませんでしたが、

会話がありませんでした。

食事の時も誰一人喋らず。居間に集まって家族団らんというのも家庭科の教科書の中の事だと認識しています。我が家には縁遠い事でした。

家族の誕生日を祝うとか、母の日、父の日に何かをするという事もありませんでした。

子供(兄と私)の誕生日にはケーキがありましたけど。

父と母の誕生日を20歳過ぎるまで知りませんでした。正直、母が今年で何歳になるかも知りません。

家族の仲が悪かったと言うよりも、夫婦の仲が悪かったのだと思います。

私が熱を出せば、父はハーゲンダッツのアイスを仕事帰りに買ってきてくれた覚えがあるので。

でも、会話の無い夫婦の悪い空気と言うのは子供でも察します。

私に降りかかるストレスの一つだったのだと思います。

父の事は、今はもう思い出の人になってしまったのですが

良い思いでが有るのだな、と本人が居なくなってから気付きました。

それまではずっと無口で何を考えているのか分からない人だと思っていたのですが。

周りから見てみると、父は子煩悩だったようです。

母の事は、とても難しいです。

何と言うか、性格が合わないのだと思います。

何かを相談する相手でもありません。

もっと上手く付き合っていかなければいけないのでしょうけど。

表面的には仲の良い母娘なのでしょうけど。

 

我が家の普通が、当たり前では無いと知ったのは中学に上がってからでした。

友達の話す家族や家の話が、我が家では考えられない事ばかりだったので。

私が精神的に壊れてしまったのは16歳の頃ですが、それ以前から軋んではいたのです。

ただ、母は母で必死だったし、父も父で大変な時だったので誰も気づかなかったのです。

今、主に私の面倒を見てくれている祖母(父の母です)は、もっと早くに対処していればこんなに悪くはならなかっただろう、と時々言います。

申し訳なくなるのですが、きっと仕方のない事だったのだと思います。